【さよならを言う前に】
何か一つ、もう一度伝えられることがあるとするならー
もし何か未練が少しでもあるなら、さよならなんて言うべきじゃないんだ
じゃあ、なぜ別れを選択したのか?
それが説明できないなら、死んじまえ
「ちょっと思想が強いんじゃない?」
マコトが言う。
「俺はよく知らない。そっちが聞いてきたんでしょ。最近どんな歌が流行ってるのって」
「いや、そうだけど」
学校が休みの土曜日。いつもより少し遅い時間にマコトのカフェを訪れたシュンは、コーヒーを啜りながら顔をしかめた。
「まぁ、良かったじゃん。音楽何聞いてるか教え合えるような友達ができて。」
「・・・。」
高校生のシュンがこのカフェに通うようになったのは、留年してほとんどグレて夜の街で喧嘩してぶっ倒れてるところを、このカフェの店主、マコトに介抱されてからだ。それ以来、なんとなく近所のおばちゃんみたいな雰囲気のあるマコトの店に入り浸っている。
「同級生じゃねぇよ。」
「え、じゃあ、誰?」
シュンは少し大きく息を吸ってから言った。バイトを始めたことはまだマコトには話してない。
「バイト先。」
「え?バイトなんかしてんの?いつの間に!」
ほとんどじゃれ合っているような二人の後ろで、マユミはカフェのドアを開けたまま固まって二人を見ていた。
「おじさんて、なぜか若い男好きですよね。」
マユミのすぐ耳の後ろで、見透かしたような声が聞こえた。振り向くと、綺麗な顔立ちの少年が立っている。これまた高校生くらいか。
「え、今私の考えてること分かっ・・・」
「とにかく、お姉さん、中に入ったらどうですか?シンプルに邪魔なんですけど。」
「あ、ごめんなさい・・・」
マユミは道を譲るように端に寄った。
「あ!ナガツカ先輩!」
マコトの声に振り返ると、背の高い男子高校生の腕を掴んだまま、こちらに手を振っている。
「・・・。よっ。」
我ながら間抜けな声である。
「お客さんも。いらっしゃいませ。」
マコトはマユミの後ろにいる美少年に営業スマイルを向けた。
マユミは背の高い男子高校生のいるカウンター席に座った。マコトは美少年の方に注文を取りに行った。男子高校生は身長180cm以上はあるだろう。体格もいいし、不良っぽい目つきの悪さだが、まだ幼さが残るのか、よく見ると可愛い。タケヨシマコトはそれに比べると少し背が低く、もちろん可愛い。
「先輩は何にしますか?」
「あ、えーと・・・」
タケヨシと会うのは、あの日以来、つまり、お泊りをしたものの何もなかった日以来だ。マユミは多少の気まずさがあるのに、タケヨシはあっけらかんとしている。
「じゃあ、ホットカプチーノで。」
「はい、かしこまりました~」
マコトはカウンターの内側にまわる。コーヒーの準備をするマコトの手つきを眺めながら、マユミはモヤモヤしていた。どうにかこの男子高校生の正体を暴けないかな・・・。
「先輩、最近はどうですか?」
マコトの声に顔を上げると、いつもの優しそうな表情でこちらを見ている。男子高校生の方は、素知らぬ顔をしてスマホを見ている。
「ん~、特に変わりないよ!あ、タケヨシくん知らないでしょ、最近若い子の間で流行ってる歌~。これ!」
マユミはスマホでREONAの新曲、「さよならを言う前に」を出してマコトに見せた。もちろん横にいる男子高校生の反応も伺っていた。うまくいけば、話せるようになるかもしれない。
「えっと・・・。」
客が少ないとは言え、カフェの雰囲気にそぐわない音楽を大音量で流すわけにもいかないので、そのままスマホをマコトに渡す。
「あれ?これって、さっきシュンが教えてくれた曲?」
そう言うとマコトはマユミの許可も取らずにスマホをシュンに見せた。
「ああ・・・、そうっすね」
シュンは遠慮がちにマユミのスマホを覗き込んだ。
「先輩、こういう歌聞くんですね。ちょうどさっき、思想強くない?って話してたんですよ。」
「え、そうなの?」
シュンを巻き込むことを狙っていたとはいえ、あまりにドンピシャでマユミはうろたえた。
「俺はいい曲だと思いますよ。他にもいろいろ勧められたけど、それが一番良かった。」
シュンが言う。
「そうよね!!」
それから結局、シュンという男子高校生とREONAについて語り合ってしまった。といっても、ほとんどマユミが熱弁しているのにシュンがうなずくだけだったが。
気が済んだのか、マコトが先輩と呼ぶ女の人が店を出て、マコトも見送りに付いていった。
「もし何か未練が少しでもあるなら、さよならなんて言うべきじゃないんだ」
シュンは歌詞を眺めて、思った。「死んじまえ」と思うほど、母親を恨んだことはない。
(さよならすら、言わせてもらえなかったしな・・・。)
マコトの先輩のせいで冷め切ったコーヒーを喉に流し込んだ。
8/20/2023, 4:29:30 PM