Seaside cafe with cloudy sky

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【雫】

午後三時、さて、そろそろ出かける時間だ。
今日は朝から小雨の天気、今の空模様はどうかなと窓から外を覗いてみれば。どんより曇ってはいるけれど降ってくる雨の雫はもうなく、すでにやんでいるみたいだ。良いタイミング。
「行ってくるよレディ・グレイ、帰ったらディナーにするからね」
ルームメイトの猫にハグとキスで挨拶し家を出る。雨上がりのほどよく湿った空気が心地良い。
ライオンのようにやってきた春もすっかり羊に身を変えて、のどかで穏やかな今日このごろとなった。暑くもなく寒くもないパーフェクトな気候。川沿いを歩くと風にあたるけれど、やさしく撫でられているような感じでうっとりしてしまう。なんとなしに歩調をゆるめてまわりを見渡せば、薄暗い曇り空ににじむほのかな街灯の光や、ポツポツと点在する店の明かりがロマンチックな雰囲気を醸し出してくれている。そして川沿いに等間隔に植えられてあるドッグウッドの色鮮やかな赤い花。どれも今が満開で、灰色の風景にとても引き立って咲き誇る姿に目を奪われる。青空も悪くないけれど、こんな雲一面の空にも大いに心惹かれてしまう。無彩色だから色んなものが映えて見え、いつもとほんの少し違った世界にいるような気分になれるのだ。上機嫌で空を眺めていると、馴染み深いあるものがモワモワと頭に浮かんできた。なんだろう……?――そうだ、レディ・グレイ!彼女をルームメイトに決めたのは、彼女の全身を包むフサフサした長い灰色の、今の空と同じ色の美しい毛色に一目惚れしたからだった。考えてみると今の自分の状況は、好きなもの、心地良いもの、素敵なものばかりに囲まれている。なんて最高な巡り合わせのお出かけだろう!気づいた小さな幸せにほっこりし、レディ・グレイの不興を買わない程度にゆっくり寄り道して帰ろうと決めた。

春の日の、罪のない誘惑の悪戯である。

4/21/2024, 10:37:27 AM