高校生の頃、誰もいない音楽室がすきだった。
校舎の中で唯一、騒がしい他の世界と切り離されたような静かな空間。分厚くて赤いカーテンの生地、冷たい床、大きなグランドピアノ、他の教室より少し小さい黒板に、壁に飾られたベートーヴェンやバッハの絵。そのひとつひとつがすきで、音楽の授業の時は誰よりも早く音楽室へ駆け込んだし、放課後の部活で人気の少ない音楽室を使えるのが嬉しくて仕方なかった。
カーテンを閉じたまま少しだけ窓を開けて、冷たい床に座り込んで風に揺れる少し生地の重たい赤いカーテンを見つめる時間は心が落ち着いた。1番前の席の影に隠れるように床に座り込んで、ほんの少し埃の匂いがするカーテンに寄りかかるのがお気に入りで、辛いことがあった日は空が真っ暗になるまでそこから窓の外を見つめていた。そこにいる時は部活が終わるまで、みんな私のことは知らないふりをしてくれた。時々こっちに視線を向けて気にしてくれていたことは気付いていたし、おやつを食べる時には声をかけてくれたけど、基本的には放っておいてくれた。私はそこから、みんなのことを眺めたり空を見つめたり、運動部の掛け声や電車が走る音に耳を傾けてみたり、時々静かに泣いたりもした。あの場所は、今でも私のお気に入り。もうとっくにあそこは私が入ってはいけない場所になってしまって、他の誰かのお気に入りになってしまったかもしれない。だけど、今でも私の心の居場所はあそこ。音楽室の片隅の、少し埃の匂いがする赤い生地のカーテンのそば。
10/11/2024, 4:09:51 PM