『踊りませんか?』(長くなってしまった…)
「というわけですの。ま、貴方には全く関係のない話ですわ〜」
甲高い笑い声と共に継母と異母姉の2人に告げられたのはほんの少し前。
少し頭の中が混乱してしまっているが2人の言ったことを含めて状況を大雑把に整理すると、明日の夜この国で一番大きな夜会があり我が家ももれなく招待されているらしい。
«私も含めて»
「はぁ…これはどうしましょうか」
思わず盛大なため息が漏れこめかみ辺りがキーンと痛む。
私のお母様が病で亡くなったあとお父様が継母と異母姉を我が家に連れて来たのが、私がデビュタントを済ませたすぐのこと。
まだお母様がいなくなってしまったことへの心の整理がついていないのにも関わらずもう新しい女性を連れてきたお父様への不信感と、初日から好き勝手やりたい放題の継母達を見て絶望したのを覚えている。
あれから数年、お母様や母方のおじい様とおばあ様から頂いた高価なドレスや宝石は全て知らない間に継母と異母姉に売り払われ、手元に残ったのは肌身離さず私が持ち歩いていたお母様の指輪とボロボロにされた普段用のドレスと昔おばあ様が見繕ってくださった着れなくなったドレスだけ。
こんな状態で夜会になんて行けるわけが無いという事で冒頭のセリフに戻るのである。
明日の招待状には私の名前も記載されていたと継母が言っていたということは、私にも参加資格がある。
そもそも王妃様が直々に各家に招待状を送ってらっしゃるということは、名前が記載されている者は必ず集まりなさいという意味が含められているのだ。
もし、不参加者が居た場合どうなるのかは私にも分からない。
だけど我が家の肩身が狭くなってしまうのは容易に想像がつく。
「お父様はどうするおつもりなのかしら…」
頭を抱えていると扉をノックする音が聞こえた。
どうぞ、と返事をすると入ってきたのは私が産まれる前からこの家に務めている執事長だった。
「お嬢様、夜遅くに失礼致します。明日の夜会の件について旦那様から言伝を…」
そういう彼の目にはうっすらと怒りが見え隠れしており、眉間には深い皺が寄っていた。
「落ち着いて話してちょうだい。大体は想像しているから大丈夫よ」
微笑みながら告げると彼は目をつぶり少しため息をついたあと
「お嬢様は病に伏せているという事にするので明日の夜会には参加しないように、との事でした。そういうことにすれば王妃様も納得されるだろう、と」
と告げた。
あまりにも想像通りの言葉に思わず笑いがこぼれる。
「そうだと思ったわ。そもそもまともなドレスも無いのに夜会なんて参加出来るわけ無いのにね」
笑いながら言うと彼は更に悲しそうな顔をした。
「そんな悲しい顔をしないでじいや。そうだ!継母達が夜会に行ったあと2人でパーティーを開かない?」
そう言うと彼はすごく不思議そうな顔をし首を傾げた。
「パーティー、ですか?」
「そう、パーティーよ。この前美味しい苺タルトの作り方を教わったの。それをじいやにも食べて欲しくてね。あと街で頂いた美味しいと噂の珍しい紅茶もあるからそれで秘密のパーティーを2人で開きましょう」
想像だけですごく楽しそう!とうっとりしていると彼の目にはもう怒りは見えなかった。
「お嬢様の仰せのままに。…彼女達に気づかれぬよう料理長には伝えておきます。」
そう言うと彼はニコッと笑い
「そういうところは本当に奥様にそっくりです。」
と嬉しそうにしていた。
ー夜会当日
朝からバタバタと慌ただしい様子の継母達を横目に秘密のパーティー会場をどう飾り付けするか頭を悩ませていた。
彼女達の出発直前に呼び出され
「絶対に会場には来ないでちょうだい!そんなみすぼらしいのが我が家に居るなんて知られたら困るんだから!」
と叫ぶ継母と異母姉に続いて
「言伝通り大人しくしていてくれ。その方がお前のためになる」
といかにもお前の事を思っているのだぞという顔で告げるお父様。
「……仰せのままに」
目も合わせず一言だけ告げると3人の顔も見ずそのまま自室に戻った。
「お母様が居た頃はこんな人じゃなかったのに」
とお父様について悩み悲しみ苦しんだ時期もあったのだが、その思いは今の彼を見ているとすぐに消え失せた。
もう私はお母様が亡くなった時の何も分かっていない子供では無いのだ。
…まぁ、お父様の中の私はその時の私からひとつも成長していないのだろうけれど。
「3人とも居なくなったのだしパーティーの準備を始めましょうか」
と、小さく呟いた。
隠れて執事長に頼んで購入していた材料を抱えてキッチンに向かうと料理長がそわそわした様子で待っていた。
「お嬢!準備はバッチリだ!!」
豪快に歯を見せて笑う彼もまた私が産まれる前からこの家に務めている1人だ。
今この家で私の味方をしてくれるのは執事と料理長だけである。
「ありがとう、助かったわ。早速始めましょうか」
悩みながらタルトを作る私の隣で料理長は私へのアドバイスをしつつ隠し持っていた材料を元に2人分の食事を準備してくれていた。
全て完成させたあと飾り付け終わった私の部屋に2人で運ぶ。
「おぉ…これ、全部お嬢が飾り付けしたのか……?」
彼が料理を落としそうになりながら尋ねてきた。
「えぇ、そうよ。どうかしら?変じゃない?」
少し不安になりながら聞くと彼は慌てて
「全く変じゃねぇ!!こんな素敵な飾りが部屋一面に作れるなんてやっぱりお嬢は天才だ!」
と大きな声で褒めてくれた。
「天才だなんてそんなことないわ。昔、お母様とおばあ様に教わったのを思い出して作ったの」
私が笑いながらそう言うと料理をセッティングし終わった彼が飾りをまじまじと見ながら言った。
「お嬢…この飾りはお嬢を腹ん中で育ててる時に奥さんがずっと作っていたやつだ…」
彼は目に涙を浮かべていた。
続けて彼は言う
「…こんなこと言いたくなかったが…もうこの家は終わりだ、お嬢。旦那はもう昔の旦那じゃなくなっちまった。お嬢は知らないだろうが、旦那はあのババア共にせっつかれて敵に回しちゃいけない奴らを敵に回したんだ。王様も王妃様も勘づいてる。」
私が想像していたいちばん最悪な状況だった。
と、同時に心のどこかでそうだろうなと思っていた自分もいる。
また彼は言った。
「だから今日夜会が開かれたんだと思う。この家の状況と旦那たちの持つ情報を探るためにな。そんなわけだから今夜すぐにどうこうなるわけじゃないと思うが、正直先のことは分からない。お嬢が全く関係してなくても、だ。だから俺もおっさんもいい方向に転ぶとはどう考えても思えねぇんだよ。」
続けて彼は言う。
「今夜、アイツらが居ない間に執事長のおっさんと逃げてくれお嬢。昔ここに居たヤツら達と手を組んで、逃げるための馬車も少し狭いが家も準備してある。追っ手を撒くために色々細工もしてある。ちっとばかし遠い地だが俺の故郷だから安心してくれ」
私の知らない間にそんなことをしてくれているなんて思いもしなかった。
継母達が我が家に来たあとたくさんの使用人たちが解雇され、出処の分からないような使用人達が新しく入ってきた。
新しい使用人達は継母達と同じように私をゴミのように扱い、また時には居ないものとして扱った。
解雇された使用人達との接触はお父様がことごとく阻止して来た為、今どうしているか知る術がなかったのだ。
「みんな…そんな……」
大粒の雫が両目からこぼれ落ちる。
「アイツらずっとお嬢のこと心配してたんだ。あのババア共が来たあとの事はぜーんぶ話してあるからな。俺も含めてみんなお嬢のことが大好きなんだ。だから今度会う時はいつもの笑顔を見せてやってくれよ、お嬢。」
そう優しく言いながら彼の大きな手が私の頭を撫でた。
しばらくするとコンコンとノックが聞こえた。
返事をするとゆっくりとドアが開き執事長が入ってきた。
「お嬢様、こちらの準備は終了致しました。料理長から聞いていると思いますが、パーティーを終えたら……行きましょう」
小さく頷いたあと
「これがここでの最後の晩餐ね」
と呟いた。
3人で談笑しながら食事を終え私が作った苺タルトと執事長が入れた紅茶をゆっくりと楽しむ。
「お嬢の作る苺タルトが世界で1番美味い!」
「本当?作るのは初めてだったのだけれど上手くいって良かったわ」
「…生前、奥様もケーキを作るのがお上手でした。受け継がれているのかもしれませんね」
そんな会話をしていると執事長がおもむろに立ち上がり部屋を出ていった。
料理長と不思議に思っていると執事長はドレスを抱え戻ってきた。
「じいや、それはいったい…?」
そう訪ねると彼は答えた。
「これは奥様がお嬢様を出産なさる前に将来お嬢様が着るようにと丹精込めて作られていたドレスです。彼女達に見つかる前に隠しておりました。お嬢様、失礼なお願いだと思いますが是非これを着ていただけませんか?」
そう言って執事長は私にドレスを渡してきた。
「実はこの部屋は元々奥様の隠れ部屋でした。旦那様の目を盗んで今日みたいに私と奥様2人でお茶会を開いていたんですよ。まさかお嬢様もここでパーティーをしようと仰るとは思いませんでした…。やはりお嬢様は奥様の娘ですね、本当にそっくりに育たれて……」
涙ぐむ執事長と泣くのを必死に堪えようとしている料理長。
ゆっくり手元のドレスを見るとなんだか見覚えのあるものだった。
「これ…もしかして……」
「お、お嬢も気づいたか!それは奥さんが棺の中で着せてもらってたお気に入りのドレスとお揃いだよ。お嬢が大きくなったら一緒に来てパーティーに行くのが夢だっつってたんだよ。」
そう、お母様は1着だけ特別に気に入っていると言っていたドレスがあった。
それは結婚する前にお父様がお母様にプレゼントしたというゼラニウムのような真っ赤なドレス。
「……わかったわ」
部屋を出て溢れそうな涙を堪えながら着替えを済ませ2人が待つ部屋に戻る。
目を見開いたまま固まる2人に
「ど、どうかしら?お母様みたいにスタイルは良くないから似合ってないかも…」
と、不安になりながら言うと
「「似合ってます!!!!」」
2人同時に食い気味に叫ばれた。
口々に褒めてくれる彼らに戸惑いながらも少し嬉しくなっていた。
「せっかくお嬢がドレスを着たんだから2人で踊ればどうだ?今日はパーティーなんだろう。俺は踊りなんてわかんねぇけどおっさんはわかるだろ?ほら、曲をかけてやるよ!」
と、料理長が急いで曲をかけ始めた。
どうしようかと悩んでいると執事長が決心したように頷き、私に近づいたあと自分の胸に手を当て軽く頭を下げた。
窓から差し込む月の光がスポットライトのように彼を照らしていた。
「お嬢様、ぜひ私と踊りませんか?」
優しく私の手を取りエスコートをする執事長。
私のダンスレッスンをしてくれたのはこの執事長だったなと思い出しながら彼に身を委ねる。
踊りきると部屋一帯に静寂が訪れた。
一番最初に口を開いたのは執事長だった。
「お嬢様、そろそろ時間です。…行きましょうか。」
その言葉に頷くと執事長と料理長が全てを手早く片付けた。
私も元着ていたボロボロの普段着に着替えドレスを荷物に加えた。
「お嬢、俺まで一緒に行くと大事になりそうだから隙を見てあとから合流する。絶対にだ、約束する。だから逃げ切ってくれ。おいおっさん、頼んだぞ」
小声でそう言うと料理長は私の頭を撫で執事長の肩を叩いた。
「もちろん、私の命に変えてもお嬢様は守り抜く。お前も……簡単に命を落とすなよ。」
同じく小声で執事長が言うと料理長は鼻で笑い暗闇に溶け込んで行った。
準備してくれていた馬車に2人で乗り込むとすぐに走り出した。
「ねぇじいや、お母様が好きだった花を覚えている?」
「奥様はゼラニウムがお好きだったと記憶しております。」
「そう…お母様が好きな赤のゼラニウムの花言葉はあなたがいて幸せなのよ」
「なるほど、奥様が好きだと仰っていた理由が納得できますね。」
「あとね、私が好きな紫のビオラの花言葉はね…
〖揺るがない魂〗
ーFin
10/4/2023, 8:26:53 PM