仕事が終わり、早足に駅へと向かう。18時32分発の電車に乗れば、乗り換えることなく家に帰れる。この電車を逃せば、次は20分後の電車で、乗り換えもあるので30分のロスとなる。スマホの画面で時間を確かめる。よし、間に合いそうだ。
電車は空いていて、座席に座ることができた。イヤホンを耳にかけ音楽をかける。高校生の頃にダウンロードした曲を聴きながら、小説を読む。いつもの電車での過ごし方だ。退屈な通勤に抗い、体感時間を短くするためだけのルーチン。そのおかげか、あっという間に降りる駅に着いた。駅を出て、帰路の途中にあるスーパーに寄る。割引シールの貼られた寿司パックと、缶ビールを3本選び、セルフレジで会計する。有人レジよりセルフレジの方が会計にかかる時間が短いように感じる。待つだけの有人レジに対し、自分の腕を動かしてするから、体感時間が短く感じるのかもしれない。
家に帰り、手を洗う。次に顔を水で数回洗う。化粧は嫌いだ。異物が顔に張り付いて、皮膚組織が皮脂を出して抵抗しているように感じる。洗顔すると皮脂の出る嫌な感覚が無くなり、スッキリする。クレンジングは面倒なのでしない。
テレビを点け、動画視聴サービスにアクセスする。登録したチャンネルの新しい動画を再生する。動画の最初には広告が流れるので、その間に台所からお箸とコップを持って来る。ソファに座り、机には寿司とビールを準備する。動画が流れ出す。寿司パックの蓋を開けて裏返し、そこに備え付けの醤油と生姜を出す。最初は卵焼きの寿司から食べる。咀嚼しながら左手で缶ビールの栓を開け、コップに注ぐ。口内の寿司を飲み込み、ビールを喉に流し込む。思わず、ああと息が漏れる。今日は金曜日。疲れた身体に好物を胃に流し込む幸せ。中身のない動画を、何も考えずにただ目に映すという、有意義の反対側にある贅沢な時間が極上に思える。
缶ビールの3杯目を飲みほすころ、眠気が襲ってきた。ソファに横になる。動画の賑やかな音が子守唄のように心地よく感じる。そのまま目を閉じる。意識が薄れていく。テレビや電気を消さなきゃと思うが、意識は深い闇の中に落ちていく。
夢は見る方だと思う。同じ夢も見る。正確には、現実には無い、夢の中だけの場所に何度も訪れたり、現実にはいない人に何度も会ったりする。
子どもの頃から断続的にある女の子が夢に出てくる。おかっぱの黒髪の少女で、ちびまる子ちゃんのような服を着ている。彼女は喋らないので名前は知らない。ただ、どこかへ走っていくので、いつも追いかけている。
高校を出て県外に住むようになると、友人とは疎遠になる。仕事とプライベートを分けるので、社会人になってから友人は一人もできていない。実質友人はいない状態にある。夢に出てくる彼女は、唯一の友人かもしれない。幼い頃から夢に出てくるので、幼馴染と言って良いかもしれない。そう思うと、彼女の名前が気になり出した。
おかっぱの彼女は、昔から外見は変わらず少女のままだ。鏡がないからわからないが、夢を見ている自分自身も大人ではなく、幼少期の姿になっているように思う。夢で会う時間は短いが、長い時間を一緒に過ごしているように思える。そうだ、夢から醒める前に彼女の名前を聞こう。聞きたい。
どこかへ駆ける彼女の手を掴もうとする。走る相手になかなか掴めず苦戦するが、何度目かのチャレンジで腕を掴む事ができた。振り返る彼女は驚いていたと思う。あなたの名前は、と聞こうとした瞬間、夢の場面が変わった。気球に乗っている。あの子の姿はなくなっていた。夢は思うようにならない。もしも夢の中で会えたら、次こそは名前を聞こう。
私は休日の大事時間を、唯一の友人に捧げる。なんて贅沢なのだろう。そうだ、この土日はゆっくりと家で過ごそう。
3/20/2024, 1:55:32 PM