【太陽】
よく晴れた日曜日。
(嘘でしょ。死ぬほど暑いんだけど)
レイは黒のバケットハットのツバを引っ張るように掴んだが、それは短く、あまり日差しを遮ってくれない。
少し小走りになって、待ち合わせしているミスドがある建物の影に入った。軽い太陽アレルギーなので、紫外線対策はバッチリだが、今日は日傘を持っていない。
店に入る前にトイレを済ませようと、トイレに向かったが、ふと入り口の前で立ち止まり、向かいのショーウインドウに映る自分の姿を確認する。
黒のバケットハットに、真っ白な詰め襟のコットンシャツ、これまた真っ白なワイドパンツ、黒のローファー、上から黒に近いチャコールグレーの、膝まで届くロングシャツを羽織っている。昨日はボブのウィッグを被っていたが、今日は被っていない。どう見ても男だ。
レイは男子トイレに入ると、一番手前の個室に入った。世の中の男性を信頼してないので、男子トイレでは必ず一番手前の個室と決めている。すぐに逃げられるようにするためだ。巷ではジェンダーレストイレの設置をめぐって様々な議論が交わされているが、レイはこれまであまり気にしていなかった。男の格好をしている時は男子トイレに入るし、女の格好をしている時は女子トイレに入る。男子トイレでは必ず個室に入るし、女子トイレで他の女性に何かしようなどとは天に懸けて1ミリも思っていない。そうは言っても、女性達の不安を考えると、さすがにそろそろやめた方がいいだろうか。レイは思案した。小さい頃、変質者に声を掛けられたことがあるので、そういう恐怖は理解していると思う。
レイは男だ。でもファッションが好きだし、中性的な見た目なので、女性の格好も似合う。女性になりたいとは思ったことはない。性的嗜好の話をすれば、レイはまだ興味がなかった。同級生の男子は"そういう話"ばっかりしているが、レイは何よりファッションに関心があったし、今はとにかくいろんな服をデザインして、お小遣いが許す限りたくさん作ることにしていた。親の意向で進学校に入学したものの、卒業するまでには親を説得して服飾デザインの学校に行くつもりだ。
個室から出て、手を洗いながら鏡に映る自分をチェックする。透き通るように白い肌、切れ長の目、スッと通った鼻筋、可愛らしい唇。この見た目のおかげで、男性からも女性からもモテてしまうのが心底嫌だった。
ガタガタと音を立てながら別の個室から男性が出てきて、レイは少しビクッとした。その男性は水だけで手を洗うと、シャッシャと水を切ってさっさとトイレを出て行った。
(うげぇ。汚い…。)
レイはおじさんが嫌いだ。女性の格好をしている時は、恥ずかしげもなくじろじろ見てくるおじさんが必ずいる。それで女性になりたいとは思わないものの、自分が奴らおじさん達と同じ性別の生き物ということには嫌悪感を抱いてきた。できれば男も女もなくなればいい。
ふと、昨日の夕方すれ違ったおじさんを思い出す。無精髭を生やし、だらしない格好をしていて、急に立ち止まってレイを見つめてきたおじさんだ。最初は変質者かと警戒したが、不思議とあまり気持ち悪いと感じなかった。女性特有の第六感のようなものをレイも身に着けていた。直感で気持ち悪いと思う時は即座に逃げた方がいい。でも昨日のおじさんには、それを感じなかった。昨日はほとんどゴスロリのような格好をしていたので、田舎くさいおじさんはビックリしただけだろうか?それとも、"男なのにこんな格好をして"と思ったんだろうか?最近声変わりをして、喉仏も出て来ている。
(そろそろ限界なのかなぁ)
それにしても―こう言っては失礼だが―あの身なりで、気持ち悪いと思わないのは珍しい。電車でじっとりと熱気のこもった視線を向けてくるサラリーマンの方がよっぽど気持ち悪い。
(あー嫌だ嫌だ)
気味の悪い視線を振り払うように頭を振って、レイはトイレを出た。
友達のミツキはすでにミスドに来ていて、席を取ってくれていた。
「あ、こっちこっち」
と、笑顔で手を振ってくれるミツキは、中学生の頃からの友達だ。元テニス部で、小麦色の肌に、白い歯を見せて笑う姿が可愛らしい。こういう女の子に似合いそうな服をデザインした時は、ミツキにモデルになってもらう。明るい太陽のようなオレンジのワンピースだ。今日はその生地を選ぶのに付き合ってもらう。逆に、儚げな少女に似合いそうな服をデザインした時は自分で着る。
(でもやっぱり限界なのかなぁ…。)
太陽が似合わない女の子、モデルになって欲しいなぁ。
8/7/2023, 9:13:52 AM