M氏:創作:短編小説

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愛されたい
ただそれだけだった
この願望が強いのは母の血なんだろう
男に懸命に贈るラブコールを
冷めた視線で貫くのはいつもの事

ヒステリックに皿を割る
私は悪くないと叫ぶ
キーキーと甲高い悲鳴が響く
小さな声では彼女を振り向かせる事も出来ない

『そうよ、あの人』
『あの人との子よ』
『きっとそうよ』

ブツブツと独り言を語る母
その姿を横目に小さな手でカップ麺にお湯を入れる
白髪混じりの黄緑色の髪
元は自分と同じ色だった

寂しい

『どうして出ないの』
『もういい、メールで…』
『いつも電話には出ないんだから…』

携帯に指を滑らす息の荒い女の姿
あんまり見ていて気持ちの良いものでは無い
でも他に見るものが無い

使いづらい大人用のフォークで持ち上げた熱い麺を
尖らせた唇で懸命に息を吹きかける
まだ熱いけど食べれる範囲だ

『ひめ!ひめちゃん!こっちにおいで!』
「あっつ…!」

唐突に腕を引っ張られる
カップ麺が倒れてテーブルだけじゃなく床も汚した
服も汚れたしスープがかかった手がヒリヒリする

『ちょっと!何やってんの!』
『早く行かなきゃいけないのに…』
『さっさと着替えて!』

手当をされる事もなく自室に押し込まれる
今までもこうやって外に連れ出される事はあった
父親に会えるよと言われて
でも誰も居ないし来てくれない
その度に母はヒステリックになって家で物を壊す

どうせ誰も来ないのに…



寒空の下で母と待つ
寒くとも母は手を繋いでくれない
両手はずっと携帯を弄る為に使われている

指先を擦り合わせて掌に息を吐く
ふわふわと白い吐息が揺れる
また数時間も待つのかな

眠いしお腹も空いたし
寒いよ辛いよ
誰か助けてよ

ふわりと背中が暖かくなる

指先を暖める事に夢中で下げていた視線をあげた
銀色の髪を緩くまとめて
赤い切れ長の瞳視と線が交わる
長い睫毛や整った顔立ち
柔らかな笑顔

『寒いかったでしょ?。』

背中が暖かいのは目の前に居る彼が自分の着ていたコートを貸してくれたからだ
彼はわざわざ視線を合わせる為にしゃがんで
長身に合わせた丈の長いコートが地面に触れるのも気にせず己に貸してくれた

『遅れてごめんねハニー。』

大きな手で冷えた頬を包んで
少しばかり伸びた自分の髪に触れて
肌の色も髪の色も瞳の色も
全部違う自分を優しく抱き締めた

『その子“緋姫(ひめ)”って言うの。アナタの子でしょ?』

彼は擦り寄ろうとする母に視線を向けずに
自分を軽々と抱き上げた
ポンポンと厚手のコートに包まれた背を撫でながら

『もちろん、このコは私の子供です。』

低音の優しい声が耳に響く
貴方の子供と言われた事は沢山あった
代わる代わる違う人に見せられて

貴方の子供
貴方の子供
貴方の子供

母にも言われた事が無かった
“自分の子供”と認められる事が一度も無かった

『█████』

彼は涙を零す自分に何かを言ってくれた
何年か経ってあの時の言葉の意味を知れた
日本語で“泣かないで、愛しい我が子”と言う意味

母の気持ちが分かった気がした
愛されてるのは酷く嬉しくて酷く不安になる事
愛しているのは酷く楽しくて酷く苦しい事

あの人に愛されてるのは僕だけだよ

アナタだけを愛してる
自分だけのモノになってくれないアナタを
ずっと盲信して叫び続ける
僕を救ったのも壊したのも愛したのも
全部アナタだと


題名:声が枯れるまで
作者:M氏
出演:🧷


【あとがき】
自分の子じゃないと否定された事はありますか?
逆に否定した事はありますか?
言われなくとも気づいてしまった事はありますか?
言ってなくても思った事はありますか?
人間は愛情が無いと生きられず、そして歪みます
出演してくれた彼は誰にも認められずに物心をつけました
冷めた感情を胸に諦めてばかりでした
そんな心に一粒でも一滴でも
ぬくもりが産まれてしまったら
縋りたくなりますし盲目になりますし
独占欲が産まれて不安になってしまいます
愛される事は幸せであり不幸である
不幸と分からない程にずっと幸せで居続けるなんて
不可能なんですよね
難しいですね

10/21/2023, 11:45:30 AM