「風を感じて」
どこなんだろう。ここは。
今の時代にしては随分と涼しい。
そこは森としか表現できないほどの森で、
その一面の緑は何処か懐かしさと不気味さを覚えた。
何故ここに迷い込んだのか、その記憶はない。
私の記憶的な障害をここまで恨んだことはなかった。
意図的に、耳を澄ましたわけでもない。ただ、
私の脳内に直接語りかけるように、
その声は風に乗って私の耳に伝わってきた。
今日の風は北から吹いてきている。
目をしっかりと瞑って、その風を感じた。
北の方へ一歩一歩進むと、
そこは不気味なほどに木漏れ日が降り注いでいて
その木漏れ日の中心に、
世界に拝められているかのように
美しく、少女が泣いていた。
「大丈夫…?」
そう話しかける。
今まで下を向いていた少女は顔をあげ、その
大きな瞳を私に見せるように向けた。
「ママ…何処か知らない…?」
「……知らない…」
「ありぁ…とございましゅ」
と、子供らしく答えた彼女を見て
何かを思い出したような気がした。
途端に、この森の抜け出し方を思い出す。
「ごめんねっ?私はこの森を出るねっ。」
そう、いつもよりいくつか声のトーンをあげ、
優しく答える。
「ぁたしっ!おねーさんについてく!!」
そう、さっきまで座っていた彼女がたつ。
何らかの縁な気がした。
前にも、こんな事があったような。
「…いいよっ」
そう、さっきよりぶっきらぼうに答える。
私の右手を握る手は小さく、か弱かった。
山を下りた。いや、実際は何処までが山なのかを
判断する知識が私にはなかったけれど、
いつもの街に近いものが見えた。
「ありゃ…と!!おねーさんのおなまえ、なぁに?」
「私の名前は…___だよ」
何処かで見たことがある。感じたことがある。
不思議な感覚だった。奇妙な感覚だった。
「!ぁたしとおんなじおなまえだねっ!」
そう笑う少女に、やはり懐かしさを覚えた。
8/9/2025, 6:44:47 PM