絢辻 夕陽

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「ありがとう。」
その一件の言葉が最後だった。

それからどれ位の月日が経っただろうか。
私は今でも悔やみ続けていた。
なぜもっと彼女の病に早く気づいてあげれなかったのだろうか。
彼女は癌だった事をずっと私に隠し続けて
毎日笑顔で過ごしていた。

たまに彼女の笑顔が寂しそうな時もあった。
本当は気づいていた。
何か彼女にとって不都合な事でもあるのだろうかと。

ある日の事だった。
彼女が仕事場で倒れたと連絡を受けた。
すぐに運ばれた先に行くとそこには顔色が悪くなっていた彼女がいた。
普段の彼女の屈託のない笑顔から想像のできない何とも言えない表情で彼女はこちらを見つめていた。

どうしたんだい、急に倒れてしまって。大丈夫か。

私はそんな言葉しか口からは出てこなかったが、彼女は無反応だった。いや、反応こそあったものの言葉は無くただただ涙が眼からこぼれ落ちるだけだった。

私はその様子を見てそっとその場を離れた。
何もできない自分がもどかしい。悔しい。
こんな時に限って何もできないなんて。

その数ヶ月後久々に様子を見に行った。
彼女は笑顔こそ戻ったものの以前より痩せていた。
いや、痩せていたでは正しくない。痩せこけていた。それは明らかに病気だと私に知らせていた。
それでも私は分からないふりをした。
認めたくなかった。重篤な病気だと言う事を。

それから私は数日に一度彼女に会うようにした。
この眼にどうしても彼女の生きたという証を焼き付けておきたかったからだ。
もうすぐお別れの時が来る。直感でわかっていた。

電話でのやりとりもまめにしていた。
ある日の事だった。
彼女の吐き気が止まらなかったらしい。
薬の影響だろう。
それだけで無く病気がその体を蝕んでいっていたからだろう。

何もできないなら彼女との思い出を作るしかない。
彼女が生きたと言う証を残すために。

生きている間に彼女が行きたがっていた場所へひたすら連れて行った。
彼女は喜んだ。
その笑顔は私の心に焼き付けた。
絶対に忘れない為に。

そして数ヶ月後の早朝。

彼女から一件のメッセージが届いていた事に気づいた。

「ありがとう。」

彼女はその前の日の深夜に亡くなった事を
私はそこで知ってしまった。
彼女にしてあげれる事は全てできただろうか。
私はそれからずっと悩み続けた。
これでよかったのだろうか、と。

最後の言葉と彼女の思いを胸に私はこれからも自分の人生を歩み続ける。

彼女の事は絶対に忘れないと。

「最後の言葉」

7/11/2024, 12:12:53 PM