ぬるま

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寝れない。
壁掛け時計が刻む音を聞きながら冷や汗をかいた。ベットに入る30分前には我慢してスマホを触らなかったのに、目を閉じたって変わらなかった。
「明日は早いのに」
薄暗い部屋で目を凝らして見た時計の針は、真上でピッタリ重なろうとしていた。予想より時間が進んでいなかったことに眉をしかめる。いや、却って良かったのかも。これで日を越していたら大変だった。睡眠時間が減る。
汗をかいたからか、酷く喉が渇いた。
動くと目が冴えるかもっていう逡巡のあと、結局、ベットから出て冷蔵庫を開けた。

夜は最悪だ。嫌な記憶が虫みたいに頭を侵略して無気力になる。今日だって、教室に入って……。だめだ。あれは思い出すな。そうこうしてるうちに、最近見た嫌な夢を思い出した。説教臭くて古い頑固オヤジみたいな考えの自分に永遠となじられる話。あれは嫌だったな、と水出し麦茶のピッチャーに手を伸ばした瞬間。
「傲慢な奴だ」
って、後ろから低い声がした。
私の声だ。
脳裏にあの夢が過ぎる。
「今お前が体験しているのは、思春期特有のソレだ。みんな自分のことを特別だと思いたがって、過度に理想化しすぎる。どうせ私のことなんて誰も分かってくれない、ってな。故に孤独になって誰にも言えない。お前はそれなんだよ」
ああ、また始まった。
「それが、なに」
「お前はもっと人に頼るべきだと言っている」
私の気持ちとか全然何も知らないくせに。

「じゃあなに。できなかったらどうするの。頼って、悪い方向に進んでっちゃったなんてことあるでしょ」
「1人で悩んで堂々巡りになるよかマシだろ」
「だって私がもっと上手くやれば良いかもしれないじゃん」
私がそう言うと後ろの声はため息をついた。

「それではブラック企業の根性論と同じだ。現に今お前は原因要因を全て内省で解決しようとしている。結果はどうなる?長期的に見れば自己犠牲がすぎて破滅だ」
「難しいこと言わないでよ、まだ私子供だよ」
手に取ったピッチャーを机の上に置く。思ったよりも音が大きかったかもしれない。でもいい。どうせあの人たちは気づかないし。

「変なとこで知識つけるからだろ」
「仕方ないじゃん、本好きだし」
「それにしては心理学に偏っているな」
「うるさい。仕方ないでしょ、こんな家に生まれてこんなことになってるんだから」
「愛着障害の字を見る度に苦しくなるよ」
否定したくて読んだ本もネットの記事も読み終えたら納得しそうで結局読みかけのまま栞が挟まれている。

「…どうやったら普通になれるんだろ」
「…感情と理論が正常に発達していないよな、本当。理論だけは一丁前だ。使用する側が悪い」
私の扱いはさながら聞き分けの悪い子供だ。

「思春期だもん、不安定で文句ある?」
「それもそうか」
1本取られた、と声はごちる。

「ほんと、変なとこで大人になっちゃった、こんな自分の中で方針が2つあるなんてめんどくさいのダルいし」
「アイツらは貧富の差だとか教育格差だとか騒いでるけど」
「私だって毎日親が喧嘩しない家が羨ましいよ」
冷蔵庫に肩をついて体を傾けた。

「…私には、私の地獄があるよな」
そう。私には私の地獄があるの。コイツの言葉はやっぱり私にスッと当てはまる。嫌だけど。

「言われなくても、私が1番知ってる」
「まぁな」
「明日は、頑張るから、絶対絶対、頑張るから」
声は何を?とは聞かない。だって、知ってるから。

「そうか、気張れよ」
「舐めないで頂戴」
慰める声が柔らかくって、少し涙が出た。
「フン」
それを鼻で笑って誤魔化した。

机の上に置いていた麦茶のピッチャーは汗をかいてぬるくなっていた。グラスに注いで一息に飲み干す。
部屋に戻ると、あんなに寝付けなかったのが、嘘みたいに眠れた。

翌朝、早く学校に行って、私の靴箱の前を取り囲んでる人達の動画を撮った。ムカつくから、虫を詰めてる女子の顔を思いっきり、1週間分、叩いてやった。

「よくやった!」

後ろから笑い声が聞こえた気がした。

2024 2/18(日) 『今日にさよなら』

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補足
2024 2/10 (土)『誰もがみんな、』より執筆開始、時間超過の為投稿できなかったネームを利用

2/18/2024, 12:45:11 PM