みこと

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後悔しないような人生を、私の代わりに送ってね

 そういうと彼女は空に飛んでいった。僕に呪いをかけて1人にした。
 
 彼女を数年ぶりに思い出した僕はどうしようもない、ただ無駄な日々を実感する。
「僕も、もう死にたい」
気がつけば屋上の柵の外にいる僕。彼女を失ってから切ることをしなかった長い髪が靡く。深呼吸をして弾ける青の中に一歩、足を踏み出そうとしたときだった。
「おい!なにしてんだ!」
知らないやつだった。腕を掴まれ怯む。
「とりあえず、こっち来いって。」
その真っ直ぐで澄んだ瞳。彼女を思い出す。言われるがまま彼の方へ行く。
「死にてぇの?」
「うん」
勝手に動く口。彼はそうか、としか言わない。
どれくらい、無言が続いただろう。彼はおずおずと口を開き、こう言った。
「取り敢えずさ、死ぬ前にいっぱい泣きなよ。俺、別のところに行ってるからさ。」
ぐっと詰まるような、なにかが込み上げるような感覚。彼がどこかに行く前に、僕は泣き出す。彼の袖を掴み、声を上げて泣いた。初めてだった。誰かの前で泣くのは。彼は、手を振り払わずずっとそばにいてくれた。
 しばらく泣いて、恥ずかしさで顔を上げられない。長い髪のおかげ顔が見えなくてよかったと思う。
「泣いて、すっきりしましたか?」
「はい、ありがとうございます。すみません、付き合わせて」
「気にしないでください。」
俯いたまま話す僕の髪を彼はゆっくりと払う。
「あなたの笑顔、見れてよかった。綺麗ですね。」
言った後、はっとしたように慌て出す彼を見て少し笑みがこぼれる。
「あの、ハサミ、持ってませんか?」
「え?かばんにあると思いますけど…」
「貸していただけませんか?」
「え、はい。もちろん」
彼が急いでかばんの方へ行き、ハサミを持ってくる。
「どうぞ。」
切れ味の良さそうなハサミ。それを髪に入れる。
シャキン、パサ…
静かな音をたて、髪が落ちる。良くなった視界で、彼に笑いかける。
「僕前に、進むから。ありがと。」
彼女のいない世界を、過ぎた日々を、僕はなぞるように生きていく。

3/10/2024, 5:44:41 AM