絢辻 夕陽

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「とある丘の上にある桜の樹に
相合傘を刻むと将来結ばれるんだって。」

私はその噂を聞いてこっそり刻みに行こうと思い、
その丘の桜の樹の麓に行った。
桜の木には既にびっしりと相合傘が刻まれていた。
私はそれを見て唖然とし、踵を返した。

私には好きな人がいた。
いた、とはあるが今では私の良き旦那である。

つまり結局のところその後、結ばれたのである。

私は踵を返した後ふと
とあるもう一つの噂を思い出した。
それもあまり知られていない噂だ。
それは確かこんな内容だった。

「好きな人に振り向いて欲しければ
ノートを使い切った後、
最後のページの端っこに
相合傘を書けば結ばれる。」

私はそんなもので結ばれるのだろうか
と初めて知った時、疑問しか浮かばなかった。

使い切ったノートなら何でもいいのだろうか、
どんなノートでもいいのか、と。

私は疑問を抱きながらも試しにやってみた。

腑に落ちない。なんか腑に落ちない。
こんな事で本当に振り向いてくれるのだろうか。

そんなある日の事だった。
その日は午後から雨が降る予定がなかったのに
降り出したのだ。

私は普段から少し大きめの折り畳み傘を
鞄に入れていた為そこまで気にしてなかった。
丁度帰ろうとしていた時に声をかけられた。
「あの、すみません。
今日、傘を持ってきていなかったもので、
申し訳ないのですが一緒に入れてくれませんか。」

私はその声を聞いて振り向くと、
その人は私の後の旦那になる彼だった。

「帰る方面は何方ですか?」

聞くとどうやら私と同じ方面だという事がわかり、
私は心の中で
「まさか、あの噂は本当だったのかな。」
と思ってしまった。

雨の中、二人でいる相合傘は私にとって、
何処か照れ臭くも嬉しく感じた瞬間だった。

まるで夢のようだった。
その夢のような光景が私には忘れられなかった。

結婚した今でも覚えている。
あの時恥ずかしくて一言も話しかけられなかったと。

「あ、ここまででいいです。」
「本当にいいの?家まで送るよ?」
「いえ、ここまで来れば家はすぐそこなので。
ありがとう。」

そう言って私は彼と別れた。
それからその日はその事で
頭がいっぱいになってあまり眠れなかった。

次の日から私はその人から声を掛けて
もらえるようになった。

恋の御呪いは絶大なのかもしれない。

気づけば自分の思い通りになってしまう事も
あるのだから。

御呪いは文字通り呪いの一種である。
使い方さえ誤らなければ
幸せになれるのかもしれない。

「恋と云う御呪い」

6/19/2024, 11:51:49 AM