「黄昏ってさ、変な名前だよね」
「ん?」
「黄色に昏いでたそがれだよ、黄色って明るくない?」
「あー……あ?」
夕暮れ時、だいぶ冬に近付いて日が沈む時刻もはやくなってくる頃。
長く伸びた影を追いかけるように歩きながら口を開いた彼女は、指をくるりと宙で動かす。おそらく黄昏と書いているのだろう。新しく習う漢字をクラスメイト全員で宙に書いていた小学生時代を思い出した。
「黄昏ってあれだろ、誰ぞ彼」
「たれぞかれ?」
「そ。陽が沈みかけて、すれ違う人の顔もきちんと見えなくなる時間」
「それと黄色い昏いになんの意味があるのぉ」
「えー」
どうやらこの答えではお気に召さなかったらしい。
ぐりぐりと、髪が乱れるのも気にせず押し付けてくる頭を放置してスマートフォンを取り出した。
「あー……漢語?に似た意味の言葉があって、それに日本のたそがれを当てたみたいだぞ」
「そうやって文明の利器に頼るの良くないと思う」
「せっかく持ってんだから使い尽くすだろ」
スマートフォンの画面を二人で覗き込む。
昨今の検索機器は小型なのに高性能だ。字を間違っても『こっちの意味ですか?』って先回りしてくれる。
「でも誰ぞ彼かあ」
「黄昏には大禍時って意味もあって、化物と人間の境目が曖昧になるんだってよ」
「んふふふ」
「なんだよ気持ち悪いな」
楽しそうに笑って、彼女は大きく一歩踏み出してくるりと回転する。武骨なヒールに重心を置き、ちっともブレないその動作。
「ごちそうさま」
ぶるりと彼女の足元で影が揺れた。カツンと妙に響く音が鳴ったかと思えば、聞くに堪えない断末魔が響いた。
「美味しいか?」
「ぜぇんぜん」
君のほうが美味しいよ。
彼女は華やいだ笑みを浮かべ、それに呼応するように彼女の影が三日月型に笑んだ。
「たそがれ、おおまがどき。ねえ、君はちゃんと君かい?」
「オレがオレじゃないなら、それはおまえの失態だ」
「あぁ、そうだねえ、ボクの失敗だ。でもちゃんと気をつけてね。君はもう君だけの君じゃないんだから」
そばに来た彼女と手を繋ぐ。
たそがれの、大禍時だけの逢瀬。
触れ合うことが赦させる、境目が曖昧になる時間。
誰ぞ、と問わないために、強く強く絡み合った。
お題「たそがれ」
10/2/2023, 9:41:19 AM