バレンタイン
「ん」
ついと手渡される紙袋。今日まで街中がピンク一色に色めき、どの店も売り場を作って盛り上がっていた冬のイベント、バレンタイン。きんきんに冷えた頬も気にならないくらいうれしい。心に電気がついたみたいにパッて明るくなった。テンションが。でもちょっと買ったやつか、なんて思ったりして。
「梓結っちは手作りとかキョーミないんスか? 忙しいからあれだろうけど、レモンの蜂蜜漬けとか上手じゃないスか」
「あれレモン買って漬けるだけじゃん。料理ではないでしょ」
「世界にはレモンを丸ごと蜂蜜に漬ける人もいるんスよ」
「は?」
訝しげにオレを見上げる目。嘘だと思うでしょ。ホントなんスよ。お弁当がお見せできないほどジェノサイドになる人だっているんです。本当に。
「お返しとかいらないからね」
「はい?」
「これからも頑張って、ってだけだから。差し入れ」
この人はこうやってこんなことばっかり言う! オレのこと好きなのに、ちゃんと好きでいてくれてるくせに、たまに距離を取ろうとする。「いやっス」と答えると梓結っちは困りと怒るの半分くらいの顔をした。起こりたいのはこっちなのに。
「絶対いやっス。なんでそんなこと言うんスか? 恋人同士なのに寂しいじゃないっスか。それにこれオレの今年のバレンタインの唯一のチョコっスよ? もうよりをかけてお返しするっス」
梓結っちがは? って顔をする。
「今年は全部断るもん」
「え?」
「事務所に来るのはしょうがないけど、スタッフさんとかで分けてもらえるし」
「ちょ、ま、って、何で!?」
「何でって今年は本命から貰えるし」
一個で十分だもん。梓結っちがこっちを見ているのを確かめて、もらった袋に顔を近づけてキスをする。そのまま視線を落とすと真っ赤になっている。かあわいい。
「……なんか」
「うん?」
「手作りはなんか入ってるんじゃとか思って嫌かなあって、思ったんだけど」
「梓結っちが入れるわけないじゃん。入れてもいいけど」
「バカじゃないの」
「バカだもーんオレ。梓結っちバカ」
べ、と舌を出すと諦めたみたいに梓結っちがわらう。繋いでなかった手をそっと取って握りしめる。
「梓結っち手つめた」
「涼太があったかすぎるの」
「今ちょー嬉しいんで。ホワイトデー、楽しみにしててね」
「……うん』
その日の放課後の部活で、梓結っちは部員全員にお返し不要で簡単なチョコを配っていた。オレももらったけど、梓結っちからもらったチョコで喜んでる人ら見るのめちゃくちゃ複雑だし、絶対みんなお返しするじゃん!
2/14/2023, 10:29:58 AM