【みかん】
今日はお休み。
特にしたいことも無くリビングで適当に過ごしている私に、買い物から帰ってきたお母さんが「ねぇねぇ」とご機嫌に声をかけてきた。
「おかえり、どうしたの?なんか良いことあった?」
「見て。特売ですっごく安かったのよ!」
お母さんが満面の笑みで指さしたのは大きな箱。
そこにシンプルなイラストとともに『みかん』と書かれているのを見て私は納得した。
「お母さん、みかん好きだもんね。」
「もう嬉しくって、すぐカゴに乗せたわよ」
鼻歌でも歌い出しそうな様子に少し笑ってしまう。
お母さんのみかん好きは小さな頃から知っていたけど、こんなに嬉しそうな彼女は久しぶりだ。
「せっかくこんなにあるんだし、ちょっとアレンジとかしたいわねぇ」
「アレンジかぁ。……あ、それなら」
みかんのアレンジ、と聞いてふと前に見かけた動画を思い出した。
ちょっと前から流行っているやつで、美味しそうだと思いつつ中々食べる機会がなかったスイーツ。
「みかん飴とかどうかな」
「みかん飴?」
疑問符を浮かべるお母さんに適当に検索して出てきた動画を見せれば、すぐに目が輝いた。
『食べてみたい』と顔に書いてあるみたいだ。
「私が作ろうか?今日は休みだし、おすすめしたの私だし。」
「あら、いいの?」
頷けばお母さんは嬉しそうに「じゃあお願い」と言って、撮り溜めていたらしい番組を見だした。
そうと決まれば早速、と大量のみかんを持ってキッチンへと向かう。
レシピを調べてみたら、作り方自体は簡単だった。
水と砂糖を火にかけて色が変わったら串に刺したみかんにかけて冷ますだけ。
飴を焦がさないようにするのが少し難しいけれど、一時期べっこう飴にハマっていたおかげで上手く出来た。
「よし、これでいいかな。お母さん、出来たよー。」
「まぁ!綺麗ねぇ、流行るのも分かるわ」
出来上がったみかん飴にキラキラした目を向けるお母さん。
手に取って1口食べると、さらにパァッと明るい顔になった。
「美味しい!」
「ふふっ、良かった。」
素直に喜んでくれるお母さんに、こっちも嬉しくなってしまう。
今日は良い休日になった。
――我が家はずっと昔に父親を亡くしている。
お母さんは私を女手ひとつで育ててくれた、自慢の母だ。
私のために沢山頑張ってくれている大好きなお母さんに少しでも恩返しが出来るなら、ちょっとくらいの手間もなんてことはない。
「けっこう作ったし、テレビ見ながら一緒に食べよう。」
「ええ、ありがとう!」
笑顔のお母さんの隣に座って、一緒にみかん飴を頬張る。
うん、我ながら上手く出来た。
なんてことないはずの日もいつかかけがえのないものになる、とお母さんはよく言っている。
父が好きだったらしいものを見て、悲しそうに目を伏せる時があるのを知っている。
私もいつかみかんを食べる時、今日のことを思い出すのかな。
それなら私はもっとたくさん親孝行してみせる。
思い出すのはお母さんの笑顔が良いから。
密かな決意とともに甘酸っぱい飴を飲み込んだ。
12/29/2023, 2:58:56 PM