その日の夜、街の明かりは煌々と照らされていた。
その祭は夕暮れ時から始まった。
昔から伝統に続いている歴史のある祭事。
シラカミ様という神様を祭り、毎年ある年齢になった子どもを選び神子としてお宮に迎える。
今年はうちの弟が神子として選ばれた。
弟は最初こそ乗る気であったが、
今は少し緊張気味である。
「姉ちゃん、なんか怖いよ。
嫌な予感しかしないよ。」
「大丈夫。
これまでも何も起きなかったじゃない。」
そう言って弟を安心させていた。
いよいよ表通りでは祭りが最高潮に達したらしい。祭囃子がうちへと響き渡ってきた。
その祭囃子は賑やかながらもどこか不穏な響きだった。
神輿が着くと弟はそれに乗り、わっしょいわっしょいとお宮へと運ばれていった。
私はその神輿を楽しみ半分心配半分で追いかけた。
神輿がお宮に着くと周りの灯籠は一斉にかき消された。人の気配も一瞬にして消えた。
何かおかしい。 何かいるのかここには。
弟は半べそになりながらお宮の堂中へ入った。中は人一人おらずまるで伽藍堂の様だった。
「あの、誰かいませんか。」
心配になった弟は思わず声を出した。
すると返事がした。
「とおりゃんせとおりゃんせ。ここはどこの細道じゃ。天神様の細道じゃ。行きはよいよい帰りは怖い」
その声はすぐ近くから聞こえた。
か細い女性の声だった。
弟は思わず息を呑んだ。
もしかして、この方がシラカミ様?
その声の持ち主はすぐ目の前に現れた。
髪は透き通る様に白く地面につくほどまでの長さ、顔は薄暗い為よく見えないが美しく端正な顔立ちの様に見えた。僕のお姉ちゃんと同じくらいの年齢かな。
「あの、僕、どうすれば」
「おぉ、おぉ、お前は。お前は私の。」
そういうとそのシラカミ様と思われる女性は僕に抱きついてきた。
そのフワッとした髪が触れた瞬間少しくすぐったかった。
「弟、会いたかったよ。ずっとあなたの事を待っていたのよ。」
何を言っているんだこの人は。
そう思っていたらお宮の開戸が開いた。
「ちょっと、私の弟よ。」
お姉ちゃんだ。お姉ちゃんがきてくれた。
「何を言っておる。この子は私の弟ぞ。お前如き小娘に弟を奪われた私の気持ちなぞ判ってたまるものか。」
そういうとシラカミ様はばっと風を舞起こした。一瞬の出来事だったが凄まじい風圧だった。お姉ちゃんは壁まで吹っ飛ばされた。
「私にはわかるよ。あんたが昔私と同じ様に弟を贄として奪われた事を。調べ上げたんだから。この祭の成り立ちを。」
「なぜ、その事を」
「だからこそ私にとってあなたの弟と同じくらい大切な弟なの。何がなんでも返してもらいます。」
そういうとお姉ちゃんは僕の前に出てばっと手を広げて庇う様な体勢になった。
おねえちゃん、そんなに僕の事を。
シラカミ様はその後何もできなかった。
何もできなくて立ちすくんでいた。
元を正せば僕達と同じ人間だったのだ。
だから、毎年祭の度に自分の弟によく似た子どもを探し続けていた。
いや、弟の生まれ変わりを探し続けていた。
それが僕だったのか。
僕がこの人の弟の、生まれ変わりだったのか。
僕はそっと前に出た。
お姉ちゃんは止めようとしたがそれでもなお僕はシラカミ様に近づいた。
そしてそっとその体を抱きしめた。
そしてふと口から言葉が出た。
「もう、いいんだよ。姉上。ずっと一緒にいるからね。」
それは僕の言葉ではなかった。
それは生まれ変わる前の、シラカミ様の弟の言葉だった。
シラカミ様は抱きしめられながらその顔から雫がこぼれ落ちた。
「弟、これからもずっと私と一緒よ。」
「わかっております。姉上。」
そういうとシラカミ様はすっと消えてしまった。
今までの出来事はなんだったのだろうか。
お宮の周りを見ると灯籠の火は煌々と輝いていた。
「さ、帰ろっか。」
「うん。」
僕達は何事もなかったかの様に街へ戻った。
街の明かりはもう祭が終わった為か、消えてしまっていた。
今日の出来事は多分一生忘れないだろう。
お姉ちゃんの事はこれからもずっと大切にしよう。そう僕は思った。
「シラカミ奇譚」
7/8/2024, 12:11:06 PM