#想いを拗らせすぎた元暗殺者の話 (BL)
Side:Isaia Chiarugi
俺は首都郊外に住む、しがない花売りだ。
そんな俺だが…誰にも言えない秘密がある。
「なぁアロルド、いったいお前はどこをほっつき歩いてるんだ?」
「俺の電話番号をどうやって手に入れたんだ?悪いが俺はもう裏稼業から足を洗った身だ。依頼なら他の奴を当たってくれ」
「お、おい!組織裏切るってことはお前の命が…!」
「構わない。それもまた、俺が今まで手を血で汚してきた報いだ」
「考え直せ!あのボスがお前が生きてるってことに気づいたらマジで半殺しじゃ済まなくなるぞ!」
「それでもいい。…じゃあ、そろそろ切るぞ」
いつものように商品の花を手入れしていると、かつての仲間から約半年ぶりに電話がかかってきた。
…そう。俺は1年前まで、貴族の財産を狙っているとあるマフィアに「アロルド」の名で暗殺者として雇われていた。
報酬を得るためだけに、感情を捨てて何人もの貴族様を殺した。
そんな俺が雇い主を裏切って花売りになったのには、1人の男が関係している。
「やぁ…イザイア」
「…何故わざわざここに来たんだ、レノー」
「この1年間ずっと、君を探していたんだ。まさかここで花売りをしてるなんて知らなかった、やっと会えた…」
「…帰ってくれ…」
「どうして?何かあったの…?」
「帰れと言ってるんだ…!!」
莫大な財産を隠し持っていると噂のシャサーヌ侯爵家の次男、レノー・ブランシャール。
俺が5年前に任務で潜入した侯爵邸のパーティーで出会った、真面目で純粋で、なおかつ優しすぎる男。
俺が何も言わずに組織を離れたのは、暗殺者でありながらターゲットの彼を愛してしまったからだ。
シャサーヌ侯爵家殺害計画を完遂するためにわざわざあの手この手でレノーと仲良くなって、計画のためならばと彼のボディーガードにもなった。
…そこまでしたのに、俺は結局殺せなかった。レノーの胸に銃口を向けても、引き金にかけた指が震えた。
キスを求め合う中で彼の胸にナイフを突き刺すことだってできたはずなのに、出来なかった。
それで俺はターゲットに必要以上の感情を抱いてしまった自分に嫌気がさして、レノーの前からも姿を消した。
…なのに今、かつて愛した男が俺の目の前に立っている。
隙あらば何度も殺そうとした俺が、今更許されていいはずがない。
俺はぶっきらぼうな声でレノーを拒絶した。
「…帰らないよ、イザイア。君を連れて帰るまで」
「やめろ!俺を許そうとするな!!」
「でも君はあの日、僕と僕の家族を殺さなかったじゃないか。さぁ…一緒に来て。僕なら君を追っ手から守ってあげられる」
「…黙れよ…!」
俺だって本当は愛してるって言いたいし、もう二度と離さないって抱きしめて、またあの頃のようにキスを求め合いたい。
でも…それはもう無理だ。レノーは裏社会のうの字も知らない清廉潔白な侯爵家のお坊ちゃんで、俺は仕事で何人も人を殺している元暗殺者の庶民だから。
最初から俺に幸せになる資格なんて、なかったんだ。
俺は小さく舌打ちをして、手入れをしていた花へと視線を戻した。
「…君を愛してる気持ちは変わってないよ…イザイア」
「…」
「僕は君の目的を知ったあの日から君を許していたよ、だから…」
「…っ」
もうお前を抱くなんて無理なんだと拒絶したいのに、心も体もレノーのぬくもりを求めている。
こうして葛藤している今も、自分の心臓の鼓動がうるさすぎて嫌になる。
「…こんな俺に優しくしないでくれよ、頼むから…」
俺は花の手入れをしているふりをし続けながら、掠れた声で呟いた。
【お題:優しくしないで】
◾︎今回のおはなしに出てきた人◾︎
・イザイア・キアルージ (Isaia Chiarugi) 攻め 28歳 元暗殺者
・レノー・ブランシャール (Reynaud Blandchard) 受け 28歳 侯爵家の次男
5/3/2024, 7:36:31 AM