霧烏

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いつもの帰り道、電柱に貼ってあるポスターがふと目に留まった。
それは近々この辺りで開かれるという祭りの宣伝ポスターで、安っぽい紙にフリー素材のイラストが散りばめてある。

思えば、アイツとは一緒に祭りに行ったことがない。単にアイツがそういった事に興味なさそうだったし、俺も…
…いや。俺がガキの頃は、祭りが大好きだった。毎年夏になると神社で開かれる祭りには必ず、ダチを誘って自転車を走らせたもんだ。

たぶん、俺は昔から日常に退屈していて、それゆえ非日常が好きだったんだ。祭りってのは、ガキの俺にはちょうどいい手頃な“非日常”だった。祭りでしか手に入らない食べ物を食べながら、見知った場所が別世界のように様変わりしているのを眺めるのが好きだった。

気付けば俺は、電柱のポスターをスマホのカメラに収めていた。帰ったらアイツを誘ってみよう、と思いながら再び帰路につき、そこで初めて気付いた。アイツの性格を考えると、素直に「行く」と言う可能性は低い。恐らく、いい歳して祭りなどに行きたがるのかと半笑いで言われるのがオチだ。何か策を講じる必要がある。

それで俺は、アイツを騙すことにした。祭りの日、何気ない風を装って「美味い洋食屋を見つけた」と言い、アイツを誘ってみた。俺が奢るなら良い、と言うもんだから、俺はもちろん了承した。騙し討ちする分、元より金は俺が出すつもりだったんだ。そうしてアイツは罠に掛かり、俺に連れられるまま、まんまと祭りのど真ん中まで連れて来られたって訳だ。

アイツは怪訝そうな目を俺に向けていたが、作戦が成功した俺にとってはもはやどうでもいい事だった。件の洋食屋がちょうど今臨時休業中なのは事前に調べた通りで、仕方ないから祭りの屋台で何か飯を買おうと提案した。アイツは俺の真意に気付いてか気付かずか、一つ頷いてから俺と共に人の流れに乗った。

適当に食べ物を買い、人気のない場所に座れそうな石段を見つけ、アイツと並んで腰掛けた。しばらく沈黙が流れたが、やがてアイツが「祭りに来たのは初めてだ」と零した。
祭りに行ったことがないなんて珍しいと思ったが、アイツの育った環境を思えば特段不思議なことでもなかった。アイツは、生まれてからこれまでずっと“非日常”を生きていた。まぁ、アイツにとってはそれが日常で、俺が生きてきたこれまでの方が、アイツにとっては“非日常”なのかもしれないが。

…きっと俺は、アイツに俺の“非日常”を教えたかったんだ。様変わりした街、独特な空気、俺の好きな特別を、殺伐としたアイツの“日常”に差し込んでみたかった。俺の“非日常”の中に、アイツを連れて来たかった。

隣でアイツが、りんご飴を一口齧った。
その顔は無表情に近かったが、どうやらりんご飴は口に合ったらしかった。


【お題:お祭り】

7/28/2024, 2:53:19 PM