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「世の中、いいことばかりが起こればいいのに」
ぶー、と口をとがらせて、不満を漏らした。何をやっても上手くいかない。そんな日が誰だってあるだろう。私にとって、今日が絶賛そんな、上手くいかない日だった。
どれくらいだめな日かというと。朝の占いは最下位だったし、朝ご飯のトーストは焦げているし、いつものバスは乗り損ねるし、お目当てのドリンクは昨日まで。ひとつひとつは大したことはない、のだが。積み重なると、その重さに気分も沈む。いいことが、ひとつもない。
「なんだそんなこと」
不運を嘆く私の隣。ベンチに腰掛けた君は、なんでもない事のように言った。なにもかもが上手くいかない日があるなんて、それはそれでいいじゃないか、と。不思議なことを言う、いったい何故そう思うのか。
「全部がいいことばかりになったら、何が本当にいいことか、何が何だかわからなくなりそうじゃないか」
それから少し思案した後、そうだね、例えば。と続ける。
「今こうして、二人で一緒に過ごす時間、とか?」
これはいいことには入らないかな?
そんなことを言い出したものだから、面食らってしまう。思わずしどろもどろになってしまう私を君は、だから言ったのに、と、笑う。
「いいことも当然になってしまえば、別にいいことではなくなるんだよ。際限がないね」
だから、上手くいかない日があっても、それでいいんだよ。沈んでいた気分は、そうして話すうちに、いつの間にか浮き上がっていた。君の言葉に、納得がいくような。なんだか上手いこと誤魔化されたような。
確かに私にとって君は、いいことの部類だったようだ。

4/4/2024, 11:46:47 PM