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 すぐそばの屋台の鉄板焼きの紅しょうがの香りが、まだ辺りに残っている。赤、オレンジ、黄色、水色と彩りよく並んだ看板は賑やかなまま、人だけがまばらに片付けをしている。昼過ぎに見た杉学祭の公式ツイートには、3倍くらい多くの人の姿が写っていて、くらくらしたのだが。…それで、前日まで自分に巡っていた「今日こそは」という決意が、どこかへ行ってしまったのだ。
 前日の私は、真奈さんがくれたキャンバス地のトートに、くたびれた財布と、ポップな字体で描かれた『杉山女学園大学祭2020』のパンフレットをしまって、ベッドのすぐ脇に置いた。ジーンズと淡いベージュのパーカーも、バッグの横へ置いて、明日は何としても、陽の出る時間に、大学生の真奈さんに会いに行くのだと、そう決めた。
 珍しく朝早く目が覚めたのは良かった。うっかりSNSを調べなんてしなければ良かった。のそのそと何とか着替えたのが昼過ぎ、そのあと何度か行くのを諦めて目を閉じたり、やっぱり行かなきゃと身体を起こしたりを繰り返して、ようやくトートバッグを持ってスニーカーを履けたのは既に21:00だった。
 はぁ、とついたため息が白い。いつの間に季節が変わったのかも分からない。少し歩いた先には、特設ステージが組まれており、脇にはタイムテーブルの書かれた看板が設置されている。
 私の身体が自分の意志の言うことを聞けなくなってきて、昼の仕事を無断欠勤するようになった頃、同僚の真奈さんだけが私に連絡をくれた。「あそぼう」と時々夜に誘い出してくれて、たとえその約束を私がダメにしてしまっても怒ることも無かった。もともと片手で足りる「友達と呼べる人」は、私が鬱になってから会っていない人を除けば、真奈さんが唯一。実際には、友達と呼ぶのも恐れ多くなってきた。私はもっと低いところにあって、真奈さんとは決して対等では無いような気がするのに、対等かのように接してくれる、すごい人だ。
 その唯一の人のためですら、外に出られなかった。「陽のでているうちに会う」なんて、気の長すぎる約束を守れない。少し前の私はこれが出来て当たり前だったはずなのに、もうどうやって“出来て”いたのか思い出すことも出来なかった。

テーマ:哀愁をそそる

11/5/2023, 2:20:23 AM