火花

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形のないもの

「正しい言葉がなんだよ、国語の教師かよ」
うっぜえ、と言って上司は立ち去った。

周囲から笑い声が漏れ聞こえる。
僕はぶちまけられた書類を拾い集めてデスクに戻った。

昔から人に嫌われる。理由は分からない。

推察するに、なんとなく気に入らない、なんとなく気持ち悪い、なんとなく弱そうで弄りやすい。
そして、皆がそうしているから関わらない。こうした負のサイクルに陥っているのだろう。

改善の努力をした時期もあった。
容姿を磨き、話し方の講座を受講したり、心療内科に通ったりもした。

とくに容姿が少し整うと、同性からも異性からも話しかけられることが増えた。
しかし、深い仲になる人は増えず、いつしか「社会人デビュー」と揶揄されるだけになった。

いつしか、僕は周囲の人々に対して何も感じなくなっていった。

仕事だけが支えになった。書類を作って商品を売って利益を得る毎日はそれなりに充実している。
数字が物語る。これがお前の生きた証だ。

だから、どんなにバカにされようと怒鳴られようと心は揺らがない。

その言葉は金になるのか?

酸素、栄養、消耗品。
地球の環境を犠牲にしてでも生きる人間の意味なんて周囲は考えたこともないだろう。

僕にもそれは分からない。
分からないが何かに貢献できた証が、生きても良いと言ってくれる気がするのだ。



「―――さんが、君の勤務態度に問題があると指摘しています」

人事から退職を促され、静謐な日常は崩れ去った。

瞬間「おぞましい」という感想だけが浮かびあがった。
僕は何も望まず、業務の遂行に集中してきた。
何も生まない時間を過ごしたのは奴らの方だ。

お言葉ですが、と声が漏れた。
「僕は成果を出しています」

「だが一緒に仕事をすることはできないと言われているのです」
皆が言っているのです、と続く。

皆とは誰なのか。一緒に居られないとはなんなのか。

僕は利益を生んでいる。

報酬に見合わない仕事を行う者がどちらなのか、それは声の大きさで決まるのだろうか。

その後の話し合いは良く覚えていないが「顔色が悪い」と指摘されて、気がつけば会社を早退していた。

コンビニでビール缶を買い、会社から少し離れた公園へ向かった。
公園に着いた途端、立ったままビールを喉に流し込みタクシーを拾って家路に急いだ。

タクシーの車窓の景色を呆然と眺めるうちに、涙が込み上げてくる。
ここにきて、会社から捨てられるのだと理解できた。

僕は言葉に傷つかない人になったわけではなかった。
言葉は形のない火花のように、一瞬はじけて心を焼いていた。


9/25/2023, 3:32:23 AM