霜月

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『日差し』 2024.7.3

真夏の日差しは非常につらい。中にはこれが良い、これこそが夏だ!と気分踊らせる連中も居るみたいだ。私には到底理解は出来ない。そもそもこんな暑い日に外に出ること自体間違っているとは思う。もうお盆だというのに、暑さは一向にマシになる気配がない。早く冬にならないものか…。
母に買い物を頼まれ、15分ほど歩いていた私は暑さでそんな愚痴を頭の中で繰り広げていた。

この夏から父親の都合で、都会から祖母の住んでいる田舎の辺鄙な場所に越してきた。田舎と言えば自然豊かで、空気が綺麗で…そんなイメージが根強かった。
実際のところ自然豊かなのかと言われると、まぁ田畑は多いが道はしっかり補正されている。空気の綺麗さは、さほど違いが分からなかった。
それに、この辺りの連中は騒がしい奴が多すぎる。ただでさえ蝉がうるさい時期だっていうのに、同じ蝉のようにワーワーキャーキャー…飽きないものだろうか。
「勝負しようぜ!」なんて子供の声が聞こえてくる。馬鹿馬鹿しい、そう思いながらその場を後にする。勝負なんて、くだらない。

あと10分程でスーパーに着くという所で、とある男の子に声をかけられた。その顔はどこかで見たことあるような気がして、その声も聞き覚えがある気がした。
「おはよ、今から買い物?」
知らないであろう人にそう声をかけられるので少しびっくりして、一瞬黙ってしまった。
「…そう、ですけど。なんで、?」
なぜ買い物だとバレるのか、帰る途中でもないのに。ストーカーだろうか。
そんなことを考えていると、男の子は慌てて弁解した。
「そんな不審がらないでよ!ここら辺でこっちの道に行く人なんか大体スーパーに行く人なんだよ。」
そう言われると納得した。「ストーカーとかじゃないから、!」と必死に弁解している彼を見て少し微笑した。

すると分かれ道が出てきた。母はどちらでも大して変わらない、と言っていた。私が右に行こうとすると彼は引き止めた。
「ちょっと待って。スーパーに行くんだよね?なら右より左の方が少し近いんだ。あと左の方は木陰が多くて涼しいよ!案内してあげる!」
涼しい という単語に惹かれ、私は彼に手を握られたまま左の道へと進んだ。彼の手はひんやりと冷たくて気持ちよかった。
「ここの道橋の下に川も流れてるし、木陰があって涼しいでしょ?熱中症対策にもなるからこっちを通った方がいいよ。」
親切に説明までしてくれた彼にお礼を言って、橋の下の川に視線を落とす。田舎には綺麗な場所が沢山あるが、ここはその一部だとおもった。
「…そういえば、ここで昔、」
私がそう言って振り返った時、彼はそこに居なかった。まぁ案内してあげる、と言っていたので役目を果たして遊びに行ったのか、帰ったのか。なんにしろ変な人だったなぁ、なんて思いながら買い物に行った。

帰り道はなんとなく反対の道を通った。一応どちらの道も行けるようになっておこうとおもった。反対側の道は車通りが多く、自転車小僧も多かった。ただこの道の方が距離は近い気がした。道の端に花束が置かれていた。交通事故でもあったのだろうか。確かにこの道の状態で、子供ともなれば事故は起こりやすそうだ。気をつけよう、そう思いながら私は家へそそくさと帰る。

帰って母と一緒に買ったものをしまっていると見覚えのないものが入っていた。私が好きなアイスだ。買った記憶はなかったが、暑すぎて無意識のうちに入れていたのだろうと思った。
「あら、アイスのお小遣いなんて渡してないわよ?まぁ、今日は暑かったし仕方ないわね。」
そういってアイスを渡してくれた。今日が暑かったことに感謝だ。
部屋で1人アイスを食べた。そのアイスはここら辺の田舎でしか売ってなくて、私はこのアイスが好きだった。いつからか、こっちに来ても食べなくなっていた。
シャリっ…と1口食べて、昔の事を思い出した。
昔、この家の近くで同い年くらいの男の子が住んでいた。私は幼いながらに彼の事が好きで、彼もまた私のことを好いていたと思う。
お互いの母親に買い物を頼まれ、私たちは一緒に買い物に行った。そしてあの分かれ道で、どっちが早くスーパーにたどり着くか そんなくだらない遊びをした。あの日もこんな日差しが強い夏の日だった。
私は川が橋の下にあって、木陰が多い左の道へと進む。正直勝負なんてどうでもいいくらい暑かった。彼は右の方が近いからと言って、右の道へ走っていった。
スーパーにいち早く着いたのは私だった。しかしどれだけ待っても彼は来ない。道草でも食っているのかと呆れながら迎えに行った。

反対側の道では人だかりができ、救急車が止まっていて、想像もしたくないようなことが起きていた。
彼は頭から血を流して倒れていた。交通事故だったそうだ。私が右を選んでいれば、勝負なんて承諾しなければ、私が交通事故にあっていれば、そんな事ばかり頭に浮かぶ。日差しなんて気にならない程私はただ漠然としていた。
その後私は都会の方の学校へと移動になった。

「そう、だった…。」
全て思い出した私はアイスが手に零れているのも気づかず、ぼーっとしていた。
あの男の子は、そう、あの時確かに亡くなった隣の家の男の子。よく一緒にアイスを食べた。
「だから勝負なんて嫌いなのよ。くだらない、ほんとに、。」
冷房も無いこの部屋に日差しが照りつける。しかし日差しなんて気にならなかった。それはアイスを食べているからなのか、はたまたこの頬を流れる大粒の雨のせいなのか。
私は判断が出来るほど大人ではなかった。

7/2/2024, 10:22:28 PM