昔から周りのものに興味が無い人で「なんでもいいよ」というのが彼の口癖だった。
夕食のメニューの希望を聞いても、どっちが似合う?と服を見せても。なんでもいいよと彼は言うのだ。
もしかしたら私のこともたまたま告白してきた女を「なんでもいい」の精神で受け入れただけなのかもと不安になる日もあるが、それにしては随分と穏やかな目で私を見るので私はますます分からなくなる。
よく晴れた夏の朝のことだった。いつも通り私が作った朝食を食べる彼はいつもと違って何処かそわそわと落ち着かない。「話があるんだ」彼は言った。
「なあに?」
私はテレビに視線を向けたまま返事をした。今日の占いは2位。いつもと違う一日になるかも、と原稿を読みあげるアナウンサーの声が聞こえる。
占いを信じているわけではないけどついつい見てしまう。今日の目玉焼きは綺麗に焼けた。理想的な半熟具合。
「おれと結婚して」
箸から目玉焼きが滑り落ちた。時間が止まったように感じられて、私は声も出せずに彼を見つめるしか無かった。
「え、え?!」
「おれと、結婚してください」
彼が持っていたのはリングケースでそこには美しいエンゲージリングが収まっている。
ケースを持つ彼の手が微かに震えているのに、私は気づいてしまった。
「私でいいの?」
「いつもいつも"なんでもいい"ばかりだから私のことなんてなんとも思ってないのかと」
私が告げた言葉に彼は居心地悪そうに顔を逸らした。頬をかいて逡巡したのち、
「君が選ぶのならなんだって構わないんだよ」
彼の耳が真っ赤に染まっているのが見えて、私は思わず笑ってしまった。差し出されたエンゲージリングを彼の手ごと私の手で包んだ。
「私でいいの?」
「君がいいな」
4/4/2024, 12:56:07 PM