君の奏でる音色

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今日も聴こえてくる。優しく儚いようで強い芯のある君の奏でる音色が。
私はいつも通りの窓側の一番後ろの席でセミの声を聞きながら、隣の音楽室から漏れ聞こえる、君の奏でるピアノの音色を耳にし目を覚ました。
「あぁ、もうこんな時間か」
放課後になると聴こえてくるこの音色は、もはや、私にとって帰りの時間を知らせるチャイムになっていた。ふと、まわりを見渡してみる。静まり返った教室には私以外残っている人はもう居なかった。窓の外はもう、あたたかい黄色に染まっていた。寝ぼけ眼のまま、ゆっくり立ち上がると鞄を手にして出口へと向かい歩みを進めた。
しかし、私は歩みを止めた。
帰るには音楽室の横を通らなければならない。なるべく早く通り過ぎようと足早に昇降口へ向かった。

この日も、君の音色を耳に目を覚ました。また、一日が終わりに近づいたことは言うまでもない。そこまで急いで帰る理由も見つからなかったので珍しくはあるが、少しこの音色に包まれたこの瞬間を楽しもうと思った。
だが、今日はいつもとは少し違った。私は君が一度、ピアノ触れたらそこから三十分いや、一時間はゆうに超える時間ピアノとまるで対話するかのように弾き続けていることを知っている。それは、昔はいつも聴こえるこの音色を奏でる君に興味があった。その頃、どんな人が弾いているのか興味本位で音楽室から出るのを待ってみたりもしたからだ。
しかし、今日はほんの五分ほどで音色がぱったりと途絶えてしまったのだ。君の心地よい音色に包まれることに期待していた私は、少し残念に思いながら教室を後にした。音楽室の横を通りながら横目で君はもう居ないことがわかった。
「何か、用事でもあったのだろう」
この時は、特に気にしなかった。






それがいけなかったんだ。





あの時、おかしいと思っていれば、、、、

8/13/2024, 5:39:35 AM