●指先の嘘●
学校の休み時間に、
友達の恋バナを聞いていた。
私はまだ、恋愛の事なんてよく分からないし、
今の所、近所に出来た
クレープ屋さんの方が気になるので、
友達の恋バナは半分聞いて、
半分はクレープの事を考えていた。
『…君の、素敵な所はね…』
もう一人の友達は、うんうんと、
目を輝かせながら話しを聞いている。
…この時期はイチゴのトッピングは
外せないな。
『そしてね、その時に教科書を貸してくれてね…』
「それは優しい人だね~」
〈それ、私も思った!〉
『そうなの!さりげない優しい所も好きで…』
私は、クレープの事も考えながらも、
友達の思い人の印象を、相づちがわりに言って、
ホイップクリームたっぷりの
イチゴのクレープの事を思い浮かべていた。
『これって、やっぱり初恋なのかな?』
初恋…。という言葉に私は反応した。
以前、興味本位でお母さんに、
そんな事を聞いたのを思い出した。
「あのさ、お母さんの初恋の人って、誰?」
『…あら、突然どうしたの?あなたが、
そんな話しをしてくるなんて珍しいわね。
もしかして、好きな人でも出来たとか?』
「ちーがーう!さっきやってたアニメで、
初恋は実ら無いだのなんだのって言ってたから、
気になっただけ!
お母さんは、どうだったのかなって」
『お母さん、一瞬期待したのに!』
がく然とするお母さん。
「何で期待するの?」
『母という者は、
娘の恋バナを聞きたがる生き物なんです』
…母というものは分からない。
「ふーん、で、誰?誰?」
『残念ながら、お母さんの初恋の人は~……
お父さんでしたー!』
「嘘だー!」
ずいぶんためて出た答えが、お父さん。
初恋って実るものなのか。
と、その時は思った。
そして、お母さんは
よいしょっと立ち上がると、
表紙に“希望”と大きく書かれた、
一冊の卒業アルバムを持ってきた。
ん?その表紙、見た事があるような無いような。
『お父さんと、お母さんね、
学校が同じでね…ほら、これ、お父さん』
クラス別のページで、個人がズラッと載ってる
一枠に、若き日のお父さんが居た。
「お父さん、かっこいいじゃん」
『でしょー』
「今は何か劣化してるけど」
『こらこら』
お母さんは、たしなめながらも
笑って、次々とページをめくっていった。
「あ!お母さんだ。若ーい」
『こら、今も若いでしょ!』
冗談を交えつつ、お母さんの当時の
思い出話や、お父さんとのエピソード
色んな話しをした。
しばらくして、
お母さんは私に見せた事の無い、
切ない顔をした。
それはたった一瞬の事だったけど、
私は見逃さなかった。
お母さんの指先には、
お父さんと友達等が映った写真があった。
けど、お母さんの視線の先には、
違う男子の姿があった。
お母さんの一瞬の表情に、
私は少し嫌悪を感じた。
何か嫌だ。知らない女の人みたい。
そして、悟った
お母さんの初恋は実らなかったのだと。
友達は好きな人の話をする時、
お母さんが一瞬見せた
切ないような嬉しいような、
あの時のお母さんと似た表情をしていた。
『ねーねー、放課後どうする?』
ぼーっとしていたら、
いつの間にか恋バナは終わっていて、
友達二人は放課後の話しをしていた。
「クレープが食べたいな」
そう、
恋バナとかはいいから、クレープが食べたい。
『新しく出来たところ?』
「うん。酸っぱくてビターな気分」
『じゃー、クレープ食べに行こう。
で、その後、テスト勉強ね』
「…テスト…忘れてたー」
『ふふふ』
友達二人は私に“らしい”ね、
と言って笑っていた。
別に悪い気はしない。
今の私には、クレープと、
目先のテストをどう乗り越えるか精一杯で、
恋とかそういうのは、まだいいのだ。
一つ思い出した事だけれど、
たまに卒業アルバムを出しては、
こっそり見ていた、お母さんの事は、
お父さんには、一生内緒にしておこう。
fin.
#今回のテーマは
【初恋の日】でした。
5/8/2023, 6:49:52 AM