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物憂げな空

音が耳を刺す
カラ。ドンドン。スーッ、トントン、ザラザラ、シュッ、
「っ」と「は」が混ざり合い音は完成する
その音は「過」呼吸となりより不安へと導く
乱れた呼吸と反響する音
頭を抱えた時に触れる肌の質感と産毛が更に麻痺させる
そうなった原因はありふれた普通のことだった
だがどう頑張っても普通のことだとは思えなかった
人は悪びれもせずやるのだから余計怖く見えてくる

テレビドラマを楽しむ食卓は感情が渦巻いていた
テレビに支配されたように音量を上げる
音は更に殺傷能力を増す
主人公がフラッシュバックして目に涙を溜めている
感極まり音量を上げ続けている人影が見える
音量を上げ続ける母を見た
母の輪郭がぼやけて
母として認識する機能が消え失せる
人はこれを失望と呼ぶ
周りの風景がぼやけたようになりその人影しか見えなくなった
音量を上げていた
音は余計に威力を増す
ドラマに感情移入している食卓はいい雰囲気ではない
一言で言ってしまうと、ただひたすらに重い
高らかに笑うヒール役
そして震え「っ」と息遣いをし感情を表す善人

食卓の空気が重くなる
皆、テレビに食いつき見ている
なんとか視界に入れないようにと別方向を見ていると
音が刺してくる
震えた息遣いが耳を刺す
ティッシュを丸め耳に入れたが
音は変わらず刺してくる
呼吸は荒くなり
部屋はそれなりにあるはずなのに部屋に追い詰められていくように思える
胃がキリキリと痛んだ
呼吸は「過」呼吸のままだ
我慢ができなくなり小さく机を叩き続けた
コッコッ。と机が鳴っている
そんな密かな嫌悪と苦しみを含んだ音は
感情と水っぽい装飾の苦しみが描かれた作品は
人の同情を誘う雰囲気はますます重くなっていくばかりだ



この人達も全て偽物だと頭の中で唱える

これは僕が使える唯一の魔法だった

最初から期待もせず信じないこと。

これは僕の魔法であったが、その代償として人への不信
感に体が侵食されていく

代償付きの魔法であった

この人達も全て偽物だ。偽物だ。本当なんてないんだ。

心から泣いてなどない。どうせ金のためだ。承認欲求だ。

そう思う事で感情から逃げている
人の感情に呑まれないように肩の力を入れ続けた

地球のどこか片隅で考えた

いつもと変わらない家の台所なのだが

まるで地球の片隅で身を丸め孤独に考えているように思えた

実際、地球の片隅なのだが、いやに孤独で世の不条理さを思い知らされたかのように思えたのだ

全てが偽物でダミーだと思えてくる

好意もちらつかすだけのようなテスター品で

人間関係だって使い捨ての品だ

消費される関係。

被害者になろうとしている自分が気持ち悪い
傷ついた事を話せば被害者になってしまうのは何故だろうか
僕が全て悪いという終点になった
被害者ぶってだとか私の方が辛いと言われてもどうしたらいい?
僕が全て悪い。それなら割りきれる
加害者意識となったならば簡単だ
自己否定し堕ちるとこまで堕ちるただそれだけだ

僕が悪いんだと思った
誰も何も悪くない。ただ僕が悪かっただけだ
僕という失敗作が息をしてしまった。ただそれだけだ
産んだ親は悪くない勝手に生まれた僕が悪いのだ
僕がいるだけで皆が傷つく
僕がいるだけで皆、悪口しか言わない
悪口を言わせていた他人に
そんな過去が頭にストンと一直線に落ちてくる


加害者意識は自己否定を繰り返した
僕のせいで僕のせいで僕のせいで
呼吸は荒くなる
何も見れなくなる
健常と異常の境目は滲んで見えなくなる
ただひとつ僕が悪いんだということを思いながら
コツコツ、と机を鳴らす
それで気を紛らわそうとしたが机の音が鳴るたび
僕は追い込まれていく
自己否定と時だけが流れ過ぎていく

けれどまだ終わらない
音は威力を増し突き殺そうとしてくる
鍋じきの上に置かれた野菜炒めのフライパンを皿に開けようとしている人影ひとつ
シュッ。カンカン。シュッ。シュッ。カンカン。
と底が見えたフライパンを擦すっている人影は
生活音と言い訳された音で耳を突き刺してくる

階段を上り避難する
これは心の避難である

階段を上る時も耳を塞いだ
もう音は来ないのに
夜風に当てられた冷たい階段を上る
耳を塞いでいる僕を白い目で見るように階段の冷たさが足に伝わる
「っ」「は」という音が空虚に響き渡るが
夜風の冷たさに「過」呼吸が呑まれていく
「苦」「し」「い」という音が頭の中で止めなく流れる
そう認識した瞬間、より「苦」しくなる
階段を必死で上る
その現場を見られ白い目で見られるかもしれないという妄想をした
余計に恐怖は湧き立ち苦しみの釜は煮える
苦しみの釜が煮えた合図に「過」呼吸が酷くなる

エアコンがついた部屋に扇風機が回っている
「過」呼吸が鳴り響く部屋
「過」呼吸のリズムに合わせた音が頭に主張してくる
ファン。ファン。ファン。ファン。と永遠に思える数十回が僕を殺す
苦しいという文字だけが頭に浮かび上がる

頬に水が寝転んだ
視界は滲む
音は反響し続けている
頭の中で無機質な生活音が流れ
無造作な音が絶え間なく流れている
カン。カンカン。シュッ。ファン。ファン。シュッ。
僕を殺そうと今日も音は生まれる

耳塞ぐ僕を物憂げな空が見上げていた
人を見上げる空を僕は怨んだ
けれど怨んだ結果が怖くて僕は目を閉じた
頬は濡れそぼっている

物憂げな空

2/25/2024, 12:34:10 PM