「力を込めて」
彼氏に振られた。
まだ告白もしてないのに、分かっちゃったんだ。
彼女がいることを、クリスマスにはデートをすることを。彼女は学校イチの美人で、私が好きだった人も学校イチのかっこいい人だ。
私がもう1年早く生まれたら、付き合えたかな。
私が美人だったら、付き合えたかな。
私が頭が良かったら、付き合えたかな。
彼と知り合ったのは、音楽室だ。
昼休み、軽音楽部のみんなで好き勝手演奏してて、彼が担任から頼まれたusbメモリを忘れてきたからと、私たちの空間に入ってきたことがきっかけだ。
私は最初、彼に興味を示されなかった。というか、毛嫌いしてたからだ。理由はひとつ。彼がクラシック好きだから。
私は、3歳頃から母親の意向でピアノを習っていた。今でも好きな曲は、楽譜を取り寄せて弾く程度。ただ中学生の頃、地元から東京に引っ越しをし、近くのピアノ教室を見つけ、そこに通っていた。それまではピアノはギターと同じくらい好きだったが、たまたまなのか、神様の意地悪なのか、そのピアノ教室の講師が大のクラシック好きで、自分の生徒にもクラシックを強要する先生だった。元々クラシック自体は好きだったが、おかげで大嫌いになった。先生と私の性格が合わなかったのか、私が先生を満足させる程の実力を持っていなかったのか。どちらか分からないが、先生のやり方には合わなかった。受験があるからという理由で2年で辞めた。それからは、軽音楽部に入ってるからという理由でピアノ教室を避け、クラシックを毛嫌いしていた。
私は部活ではボーカルとギターを担当している。ギター歴は今年で5年目になる。12歳の時、叔父が見せてくれたイギリスのロックバンドにハマり、ギターを習い始めた。
音楽は良い。
どんな時でも私を裏切らない。
学校でロックバンドが好きだと言う理由だけで、女子のグループからハブられても、模試の成績が落ちて塾の先生が溜息を零しても、どんな時でも、私を裏切らず、そばにいてくれた。泣きながら歌詞を書いたこともある。泣きながら歌を歌い、下手くそな笑顔で自分に大丈夫だと言い聞かせた。
今通ってる高校を選んだきっかけは、軽音楽部が有名な学校だからだ。それだけだった。
軽音楽部が有名な学校だから、案の定自分の仲間が増えた。今では自分達の親世代のバンドの良さを語り合える友達だっている。
今が一番幸せなのかもしれない。
なのに、彼が来たことで全てが崩壊した。
彼はクラシック好きだ。ピアノも上手く、音大も目指せるレベルらしい。
彼の母親がピアノ講師で、幼い頃から習っていたらしい。ただ、母親はクラシックはそこまで好きではなかったようだ。少なくとも、彼に強要するまで好きというわけではなく、完全に彼の好みがクラシックらしい。バッハやモーツァルト、ベートーヴェン。音楽の授業で誰もが聞いたことのある作曲者の中でも彼は、バッハが好きだった。私は意外だなと思った。これでもピアノを練習してきたし、クラシックも例の先生のところで習うまではそこそこ好きだったが、クラシック好きでバッハを選ぶのは珍しいと思った。同じピアノ教室に通っていた子の中でクラシック好きはいたが、バッハを選ぶ子はいなかった。ちなみに私はショパンが好きだった。
彼も自分が珍しがられるということを理解していて、「よく言われるんだよね」とはにかむように笑っていた。
彼がusbメモリを取りに来た日の次の日、私たちはまた会ってしまった。
いつものように部活でみんなとセッションしながら、好きなバンドの新曲のコピーに追われていた。
窓を見るといつの間にか暗くなっていて、流石に帰ろうと校門前で別れた。
10/7/2024, 1:18:38 PM